世の中のお父さん達が理想とする夢の居酒屋ってテレビドラマの中によく登場しますよね。和服に白い割烹着姿の美人女将が白木のカウンターの中で「お帰りなさい!」なんて色気のある微笑みを浮かべながら優しく「今日は寒いわね~」と熱燗の酒をお酌してくれます。他に客はいません。だから、美人女将を一人占めです。
「こんなドラマの中のお店があったらいいな~」と思いつつ、夜の巷を徘徊して小洒落た店がまえの暖簾の中をついつい覗いて探し歩く癖のある私はまさに世の中のお父さん達と同類であることを確信しております。そうでしょ? あくなき探求心は老化の進行を遅らせてくれるのです。
さて、ここに謹んでご報告申し上げます。飯倉にそんな店を発見してしまいました。住所は六本木なのに、らしからぬ住宅とビル街の中にポツンと店の灯りが、「こんなところに?」と感じる静かな一画です。
ただし、客は私一人ではありませんが、それ以外は全て理想の居酒屋そのものでした。白木のカウンターの上にはお惣菜が並んでいます。肉じゃが、ポテトサラダ、ひじきの煮つけ、小アジの唐揚げ等々、小さな黒板にはチョークで書かれた〝本日のおすすめ〟メンチカツ、ホッケの半身、小さなノドグロの開き、女性の塩辛? 私の大好物ばかりです。カウンターには8人分の椅子しかありませんので、時には満席になることもありますが、何故かいつも若い女性の一人客が必ずいるのです。忙しいのに女将はおでんを皿に盛りながら私の隣の客と会話していますが、静かに飲んでいる私にいきなり「菅田さん、最近痩せた? スポーツジム、今日も行ってきたの?」なんてひじきの煮つけの小皿を手渡してくれる時に、声をかけてくれたりして3度目にして、早、私は常連客のような気分です。
このお店の場所は秘中の秘とします。どうしても、という読者の方には面談の上、お連れすることにします。
一日の疲れが取れる。というよりも、よし、明日も頑張るぞ! という気にさせてくれるこの店、浮気することなく大事に通いたいと思います。
家庭菜園ブームだとかで、我が家でも昨年の10月にブロッコリーの苗と腐葉土を購入して、南向きのベランダに小さな菜園を作りました。
「厳しい寒さの冬を越せるかな」と少し心配でしたが、3日に1度程度の水やりで枯れる事なく、新年を迎えることができました。葉も茎もしっかりと育って来たのですが、肝心の〝つぼみ〟はいつお目見えするのか「やはり、これが限度なのかなー」と、しばし、国内外の出張を繰り返し、忙しくしている間にこのブロッコリーのことを忘れてしまいました。2月の小春日和の日、何気なく観察してみると、若い葉に包まれた中にあの緑色の粒々坊やの頭が「もうすぐだよー」って、語りかけるようにハッキリとブロッコリーの姿の一部を見せているではありませんか! もう嬉しくなってそれからは毎日のように水やりをかかせませんでした。ある日、葉の包みから元気に抜け出した粒々坊やは逞しく、太い茎の上に直立不動をしています。
小振りなのですが、確かにブロッコリーとして成長をとげたのです。「食べ頃かな? イヤ、もう少し放っておこうか」。内心で葛藤の中の観察が2週間程つづきます。すると、どうした事でしょう、小さいながらもギッシリと詰まった〝つぼみ〟が開いてきたではありませんか。そして、1つ、2つその粒々が小さな黄色い花を咲かせ始めました。それから1週間してベランダに出た私は大声で家内を呼びました。
「どうしたの? 大きな声を出して」と家内。
そして、花を見やるなり、
「まぁ、なんてキレイなの」
「食べなくって良かったね」
花嫁が手にするブーケのように大きく丸くなったブロッコリーの頭の粒々は黄色い小さな花を無数につけベランダに咲きほこっています。
「ブロッコリーってキャベツの変種って、知っていた?」
「カリフラワーもキャベツの仲間なんでしょ、ブロッコリーはキャベツシスターズの次女ってこと?」
「うまいこというね」
「そうよ、このシスターズは私の大好物ですからね」
春の日差しを浴びて一斉に芽吹く山菜。フキノトウ、タラの芽、野蒜。スーパーの棚には山菜たちがそろそろ顔を揃えて並んできました。しかし、山菜ってどうして苦いのだろう。こんな話があります。冬眠から目覚めた熊は最初に口にするのはフキノトウだそうで、その苦味を体内に取り入れることにより体を目覚めさせるのだとか。人間にとってはその苦味の中に風邪の予防や美肌効果などの成分、そしてポリフェノールが豊富に含まれており、老化の進行を遅らせる働きもあるとかで、先人曰く「春には苦味を盛れ」とはよくいったものです。
わたしが一番好む山菜はなんといっても「コシアブラ」です。4月頃、地方にゴルフに行くとわたしのOBボールをさがしに林の中に入っていって、キャディーさんがビニール袋いっぱいにこのコシアブラを摘んできてくれます。4月のゴルフはコシアブラとの出会いを求める私のささやかな楽しみのひとつなのです。
家に帰ってさっそく天ぷらにします。天ぷらにすると苦味が和らいでその独特の食感と舌に残る程好い苦味が幸せなひと味となり、ヌル燗の杯が止まりません。
わたしの場合は生醤油と塩を交互につけて食べます。特に高円寺にある「さぬきや」の若旦那からいただいたうどんつゆと合わせてつくった特製の塩は抜群の相性ですね。そしてもうひとつの楽しみは10枚スライスの食パンに「湯浅」の生醤油をたらしたコシアブラの天ぷらをたっぷりはさんでのサンドイッチ。4月限定の超レアサンドイッチです。これ、本当においしいんですよ!
話は変わりますが、政権交代を果たして6カ月、民主党の体たらくはいかがなものでしょうか。あまりにも長かった野党としての冬眠から未だに目覚められずにいるこの政治家たちに春の山菜をタンと食していただきたい。〝苦渋〟の選択ばかりでは、国民はたまったものではありません。
前ケニア駐日特命全権大使のデニス・アオリさんが10カ月ぶりに日本へやってきた。現在の仕事はケニアの首都ナイロビに本拠を持つ豊田通商のアフリカ大陸の八ヵ国を統括する役職にあるという。今回の来日はケニア共和国のオディンガ首相の随行なので分刻みのスケジュールでは中々再会のチャンスもないが、アオリさんは以前から「日本に行ったら、どうしても訪れたい場所が二つある」と常々電話でおっしゃっていた。一つ目は四年前、当時は農水大臣であった故中川昭一さんの自宅を訪れ焼香することであった。私が農水大臣室にアオリ大使を連れて紹介したのが中川さんとのお付き合いの始まりで、政調会長就任を前にした農水大臣として、ケニア視察も決まり、キバキ大統領や各要人との意見交換やミーティングに忙しく職務をこなされていた中川大臣はとても輝いておられました。その時、私もお供させていただいたのはつい昨日のことのようです。
公務の合間を縫って、旧知の友人でもある中沢フーズの中澤康浩社長と私の家内とアオリさんの四人で中川邸を訪れた。郁子(ゆうこ)夫人が出迎える玄関には「中川昭一」の表札が達筆な文字で彫られている。たくさんの花と写真で飾られた仏間とリビング、中川さんの思い出がたくさん詰まった部屋だ。焼香を終えたアオリさんとケニア訪問時のアルバムを一緒に見て思い出を語る郁子夫人。〝井戸を掘った人を忘れない〟の例え通り、義を尽くされたアオリさん。中川昭一先生のご冥福をお祈り申し上げます。
オディンガ首相が帰国された次の日の夜、私たちは高円寺の〝さぬきや〟の暖簾をくぐった。故中川昭一先生もこよなく愛した創作酒肴とうどんの名店で私がお連れして常連となってしまった業界人は数知れず。その料理法は本にもなった。そういえば昨日焼香に訪れた中川さんの仏壇にもその本は確かに置かれていた。少しずつ出される酒肴の味と盛り付けの美しさ、そして合わされた酒に感動して、アオリさんが大使だった頃、大使館の総料理長のオソゴさんも料理見習いに1カ月修業させたほどの入れ込みようであった。久々に〝さぬきや〟の味に舌鼓を打ち、翌日、あわただしくケニアに帰国されました。今度は私が訪れる番ですね。