先月、石巻へ炊き出しと支援物資を持ってお手伝いに行った際に、松島と塩釜に住む家内の親戚がその会場へやって来ました。松島の親戚の家屋は、さほどのダメージがなく、屋根瓦が落ちた程度で、津波の被害もなく「エガッタ、エガッタ」と家内はおじさん、おばさん、いとこの娘と抱き合って無事を喜んでいましたが、塩釜でサンマ漁で生計を立てているいとこの家は津波に流されてしまいました。今は石巻のおじさんの家で瓦礫や泥の撤去などを手伝っての居候生活で、毎日ボロボロになりながら秋のサンマ漁を考えているらしいのですが、商売道具の船も流されてしまいました。やっと見つけた、泥の田んぼに異様に横たわっていたサンマ船はもう使い物にならないとか。「気、落とさないでくださいね」と私が声をかけると、「気、落とすなって言われてもオラ、気、落としちゃったよ」としんみりと、道路の段差に腰かけてうなだれ、私が連れて行った愛犬の頭をそっと撫でていました。
帰京後、来月には彼を元気付けに東京へ呼ぼうと家内と相談しました。「フレンチとイタリアン、中国料理はどうかな」「寿司もいいわね、でも、そんなものよりまずはあなたの好きな立ち飲みって、よくない?」「そうか!ネギのたっぷりかかった厚揚げ煮込み、缶詰の立ち飲みもいいんじゃない」「それって退院前のおかゆ的発想ですか?(笑)」「いきなりフレンチじゃあ、お腹がビックリするよね」
翌日、東京への招待の電話を家内がすると、電話の向こうから弾んだ明るい声が帰って来たそうです。「近いうちに新潟へ行って中古の船を見に行くっちゃ。それ買ったら、秋にまたサンマ送るっちゃ。そのついでに東京に行くね」。落とした〝気〟早速、拾ったみたいですね。来月の立ち飲み、とても楽しみです。
横浜ベイスターズ、このところとても元気です。TV桟敷で野球観戦していても昨年とはまったく違ったハツラツとした選手の動きには「今年は何かあるぞ」と予感させるような〝覇気〟を感じさせられます。5月11日現在、24試合を消化して11勝13敗と負け越しが2つありますが、堂々たる3位で昨年のAクラス。中日、巨人、阪神の上位につけるこの豪華さに内心は「いつまで続くのかな?」なんて疑心暗鬼になってはいけない、いけないと頭をフリフリして夜中のスポーツニュースを各局全て熱心にチャンネルを替えながらの午前様観戦でございますが。
実は、この日11日は後楽園ドームでの巨人戦で、今日勝てば2年ぶりの5連勝となり監督就任2年目となる尾花高夫監督采配の真骨頂が発揮され、しかもAクラスへ浮上となるビッグチャンスの試合でありました。その試合直前にナントその尾花監督からのメールがありました。「試合終了後に電話します」。なんということでしょう。実は尾花監督とは、かれこれ7~8年前に四国のキャンプ地にて、リョーユーパンの北村社長のご紹介でゴルフをご一緒させていただいたのがご縁で、その後親しくさせていただいております。家内と早めの夕食を近所のそば屋で済ませて我が家でしっかりとTVで野球観戦です。普段はあまり見ることはないのですが、今日は特別でしょう。一進一退の攻防が続き、ついに6回の表にハーパーの2ランホームランで逆転、スコアは4対3で迎えた9回の裏、1点を追う巨人の攻撃(一番、汗をかくときですね)、というこの試合で一番盛り上がったところで、日テレのTV中継は終了しましたが、最近はBSという力強い味方があり、以前のようなイライラ感は解消されております。BS日テレに切り替えて、一打同点の場面で巨人のバッター、ショートの坂本、ハマの守護神、山口の渾身の力投に坂本はショートゴロに倒れてゲームセット。やってくれました、5連勝! 3位です。
9時5分に試合が終了してから、30分後に、その電話がありました。「今から行きまーす」「それではNOBUで会いましょう」という訳で久々の再会はうまいビールの乾杯でスタートです。カウンターに座り、2人きりでの野球トークやゴルフ談義に花が咲き、気が付けば客はすべてが帰り、片付けを済ませたベイスターズファンのスタッフがカウンターに勢ぞろいして尾花監督の話に耳を傾け、相づちを打ち、一緒に笑い、楽しい楽しい一日はあっという間に過ぎ去ります。タクシーで横浜に帰宅した監督と別れ、家に帰った私は深夜のスポーツニュースを片っ端から見たのはいうまでもありません。試合は残り百試合以上あります。2年目の今年はきっと感動を見せてくれるでしょう。ね、尾花監督。
「立ち食い・立ち飲み」なんと響きのよい言葉でしょうか。ついつい、このような店があると縄のれん越しに中をうかがってから、危なそうな店でないことを確認後、引き戸を開け店内へ入ります。夕方の5時、まだ陽も落ちていないJRは神田駅西口の小さな飲食店が並ぶ“キタナトラン”の立ち飲み屋。「いらっしゃい」と店主。他に客はいない。目が合った一瞬で、店主の性格をあぐねつつカウンターに肘を乗せてメニューを一瞥する。そしておもむろに「菊正、常温でね」。このハッタリとも思えるオーダーに「一合ですか、二合ですか」と来たもんだ。酒の常温だとコップ酒だろうと思い込んでいた私が馬鹿だった。「じゃあ二合で」。大徳利に常温の菊正が二合、並々入って小さな平猪口と来たもんだ。ここは私の完敗です。いい店だねー、一瞬で私の性格を見抜かれてしまった。「かっこつけんじゃネーヨ」てなもんですね。実はコップ酒を一気に飲んで「勘定」って具合に遊び心で入った店なんです。ニコッと笑って欠けた小皿にウルメイワシが3匹、「おいしいよ」と店主。60年代のド演歌のBGМを聴きながら、ひとり、猪口に酒を注ぐ。いやあ、うれしいねー、楽しいねー。グビッと飲って、イワシをくわえたら、一冊の本を思い出しました。司馬遼太郎の「国盗り物語」。この中で確か織田信長が戦から城に戻り、甲冑を付けたまま板の間に立ち尽くして「誰か湯漬けを持て」というシーンがありました。そして立ったままサラサラッとかっ込む。私はたまらずその本を閉じて台所に走り、湯を沸かして冷や飯を茶碗に盛り、台所に立って湯漬けをすすりました。40年以上も前の話です。立って食らう。こんな斬新な食べ方に感動した私は、今だに湯漬けは立って食べます。この本を読んでから私の時代劇好きが始まりました。日本酒は徳利から三々九度のような赤い平猪口に注いで飲る。ひょうたんに詰めた酒は紐を指に絡ませ、肩越しにグイグイと飲る。
この店の親父は時代劇が好きなようだな。「親父さん、一杯行きましょう」と私は徳利をカウンター越しに差し出して酒を勧めた。ゆったり5人、詰めて8人、そんな店で親父と語る。「この無垢な徳利、時代を感じさせていいねー」「普段は枡に入れたグラスに注いで飲ませるんだけど」「正解ですよ、大将!」。それから2時間、時代劇「新吾二十番勝負」を肴に「橋蔵は良かったね」などと、意気投合して徳利も7本を空け、やっと後から入って来た客に親父を譲ってすっかりとネオンに染まった町から後ろ髪を引かれる思いでホロホロと帰宅しました。
次号に続く。