表彰式も終わり、応援団も散らばりかけたその時、私達に向って頭を下げ「ごめんなさい! 私がいけないんです!」と、さらに深々と頭を下げ、語気を強めて「すみませんでした!」と、詫びるその声はかすかに震え、それまでこらえてきたくやしい思いの涙があふれ出してメガネを濡らした。一瞬の静寂の中、私にはかける言葉が思いつかない――と、その時、囲んだ輪の中から声がかかった。「がんばったよー!」「うん、よくやった、よくやった」一際大きな声がかかる。「感動をありがとう!」すると、「そうだ、そうだ」の声と共に、大きな拍手がさざ波のように沸き起こった。「すみません。すみません」もう、だれも結果は気にしてない。さらなる深い〝キズナ〟が生まれた瞬間だ。
iba cup 2012は、参加12カ国のなかよりフランスが総合優勝を果たし、2位ルクセンブルク、3位オランダ、日本を含むその他9カ国は4位という発表だった。飾りパン部門では日本が1位の得点だったが、ヨーロッパ勢の厚い壁に阻まれた格好だ。
昨年、ドイツパン菓子勉強会では二人の選手を選抜してからは日本各地で実技デモンストレーションを行い、本大会前にドイツ入りして更なるトレーニングを積むなど、万全の態勢で挑んだ世界大会。選手、コーチ、総監督たちは自らに「優勝しかない」とプレッシャーをかけ続けての本戦となった。
山﨑豊総監督は、溢れる涙を気にもせず頭を下げ続けた。熱い拍手は鳴りやまない。
「あーあー、なんでだよー」、自分の頬を両手でパンパンとはたいた倉田博和ドイツパン菓子勉強会会長は天を仰いだ。オリンピック大会をはじめ一発勝負の国際大会には〝魔物〟が潜むといわれている。「本当にわずかの得点差の決選であった」と審査委員長は告げていた。真摯に結果を受け止めた大会関係者は、次なる総合優勝を目指して指導することだろう。
涙の数だけ悔しさを落とした選手諸君は、落とした涙の数だけ感動を分かち合えた。そして世界大会に出場したこの経験と感動を、次を目指すブーランジェ達に伝えてほしい。
「第一屋製パンの今年の秋味シリーズは充実しているんじゃないの」「蒸しパンシリーズが特にいいね。〝スイートマロン蒸し〟は渋皮付き和栗を練り込んであるけれど、味覚的にはさつま芋感覚かな。しっとりしていて、口どけがいいわ」「フィリングが尋常な量じゃないね、蒸しパンを食べている食感じゃなくて、栗ケーキそのものだよ」「〝栗のめぐみ〟は昔なつかしい蒸しケーキそのものね。甘露煮したマロンがトッピングしてあるわ」「全体的に甘いのが今年の特徴かしら」…とにかく、もちもちしっとりした蒸しパンは、いつ食べてもおいしいですね。こういう食感は日本人の口に良く合うんです。40年前に爆発的にヒットした蒸しパンブーム。特に〝日糧パン所沢工場の蒸しパンライン〟が頭をよぎります。父と一緒に見学に行ったものです。
ヒット商品と言えば、こちらがピカイチでしょう。岡山木村屋(梶谷周平社長)では、数十種類のロールパンに、バナナクリームやコーヒークリーム、アーモンドクリーム、ミルククリームなどをトッピングして、店舗のショーケース全段、まるで芸術作品のようにギッシリと並んでいます。いやー壮観ですよー。20年程前に、梶谷博則現会長にお話しを聞いた時、「菅田君、地方のパン屋はね、独自のフィリングで大企業との差別化を図って独自の味を出さないと生き残れないよ」。その通りフィリングは全てオリジナルで、特に売れ筋のバナナクリームなどは「食パンや他のものにもつけて食べたい」というお客様のご要望に応えて100gほどのカップで別売りしていますが、ロールパンとともによく売れているそうです。岡山木村屋の代表的なヒット商品は、店に入った瞬間に目にする圧巻な棚揃えに、ロングランのロールパン群を目の当たりにする誰もが安堵感と親しみを持って手を伸ばします。
蒸しパンも色々なフィリングやトッピングを工夫して、このような豊富な品揃えで購買意欲をそそらせるのも、おもしろいですね。内緒ですが家内の机の横には近くのファミマで購入した神戸屋のもちもち蒸しパンがいつもあります。
ヤマザキパン・サマーコンサートが今年も赤坂のサントリーホールで開催されました。秋山知慶さん指揮、東京交響楽団の演奏による本日の演目は、堤剛さんとベアンテ・ボーマンさんの協奏にて、ヘンデル作曲の2つのチェロのため交響曲と、スター・ダンサーズ・バレエ団によるチャイコフスキー作曲「眠りの森の美女」ではワルツを、「白鳥の湖」では4羽の白鳥の舞いを、そして「くるみ割り人形」では行進曲と、日ごろ耳にする事の多い、そしてついつい口ずさんでしまう親しみ易い曲が奏でられました。そしてバレエが華麗に曲に乗り、満員のお客様の喝采を受けます。
ところで私は「眠りの森の美女」は以前から「眠れる森の美女」と解釈していたのですが、このような小さな誤解は日頃の会話の中にも多く潜んでいるものですね。例えば一時、社会現象にもなった〝青田狩り〟これは青田買いが正解、〝飛ぶ鳥跡を濁さず〟は〝立つ鳥跡を濁さず〟といった按排です。この〝あんばい〟も、使い方によっては意味が極端に違う事もあります。辞書で調べると、盗人仲間の隠語で逮捕されるとか、人を殺すという意味もあるそうです。そもそも〝塩梅〟なのか〝按排〟なのか迷ってしまいますね。
サマーコンサートの4羽の白鳥でのエピソードがあります。指揮台の前に作られたステージの袖口から、ファゴットの素晴らしい音色につられて4羽の白鳥が両足を〝く〟の字に折りながら並んで現れます。その時の間奏に、多分オーボエなんでしょうか、ブポ・ブポと合いの手が入ります。30年程前、東京都交響楽団の定期演奏会の後に親しい楽団員と酒を飲むのが楽しみでした。ちょうどその頃は、インベーダーゲーム全盛の時で、何を隠そう私もハマったものでした。楽団員が話します。「4羽の白鳥達が出てくるのを見ながら吹くんだけど、なぜか白鳥達がインベーダーに見えて、吹きながら笑って失敗したオケの裏話を聞いたんだけど、本当かな(笑)」「ブポ、ブポじゃなくて、ブボボボーだったらしいよ(爆笑)」「荻窪の音楽ホールで、ファミリーコンサートを開いた時、最前列にいた小さな姉妹が〝あっ、インベーダーだ〟と可愛い声で指差したのはうちのオケだったよね(笑)」。私もその会話を思い出して、思わず笑ってしまいました。心があたたまりますよね。
4年前まで住んでいた、杉並区上井草のマンションは西武新宿線の井荻が最寄の駅です。東京都内のマンションで〝大型犬と一緒に暮らせる画期的なマンション〟というふれこみに、愛犬のためならばと、生活環境をろくに調べもせずに「ピーコックがあるね」くらいのノリで住み始めたのがそもそも失敗の始まりでした。それは井荻駅周辺には雰囲気も味も含めて、満足できるレストランや飲み屋に恵まれなかった事です。そして商店街にはまるで活気がありません。ピーコックにいたっては「これがピーコック?」と絶句したものです。仕方なく、という訳ではないのですが、いつの間にか自宅には誰かが酒を持って訪れ、愛犬と共に酒と料理と会話を楽しむ機会が増えてきました。そんな時、2008年のNHK紅白歌合戦で木山裕策さんが歌った〝ホーム〟の作詞作曲を手掛けた多胡邦夫君が「親父、旨い寿司屋を見つけたよ」とか「なかなかの蕎麦を出す店が近所にできたよ」などと、鍵を掛けていない我が家の玄関を自分の家のように開けて、まずは冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら居間にやって来て情報をくれるのです。実は彼も近所に旨い店がないのに閉口していて、仕事の帰りがてらに車中から、これは! と感じた店に入っては、雰囲気と味を試すのが楽しみの一つだったのです。そう、多胡君は相当のグルメなのです。
寿司屋は歩いて15~20分位、一寸遠いけれど食後の腹ごなしには程良い距離で、週に一回のペースで通ったものです。「蕎麦屋も行ってみよっか」と家内と二人で出掛けました。環八沿いの集合住宅の1階に「蕎麦 みわ」と書かれた木の看板が、少しお洒落です。脱サラの店主とすぐに打ち解けて蕎麦を待つ間の肴談義に華が咲きます。「いやー、いい店だねママ」「さすがは多胡さんね、本当にうれしいわ。みーんなおいしいし、雰囲気も最高ね!」
あれから4年が経ちました。上井草から2度の引っ越しを経て、現在は下高井戸に住んでいますが、ここに「蕎麦 みわ」で修業した夫婦が店をオープンしました。実は入店するまで知らなかったのですが「どこかでお見かけしたような」と、蕎麦を打っている夫人に声を掛けると「アラ、社長さん! わざわざ来ていただいたんですかー!」と驚かれ、私もびっくり。しかもナント「蕎麦 みわ」はミシュランで一つ星を獲得したというではないですか。2度、びっくりです。行きつけの店が星を獲得するという快挙は満更でもありません。酒でもぶら下げてお祝いに行くとしますか。