新世界 <後編>
コ・サムイ(サムイ島)の西側に位置するナトン港の桟橋の先には下船する我々観光客を待つタクシーの列。といっても小さなピックアップトラックの荷台を改造して両側にベンチシートと屋根を付けた、乗り合いトラックならぬタクシーです。ドライバーはサムイ島沿岸に点在するビーチや街など行き先を連呼して客引きし、満員になったら出発という段取り。このバックパッカー相手の呼び込みはフェリーが到着するたびに繰り返される日常茶飯事で、近くにあるオープンレストランも活気があります。
私も乗り合いタクシーに揺られること20分あまり、20バーツ(80年代初頭の金額で約60円)で北側のボープットの船着場へ到着。島から島へ、今度は古びた木造の小さな桟橋から目視できるパンガン島へ、20人乗りの小さなポンポン船で向かいます。
スラタニ側ではなくタイランド湾を見渡す “裏側” のサンデービーチが見えて来るや、乗客全員が立ち上がって「パラダイス!」と口を揃えて声を上げ、お互い笑顔でハイタッチ。白砂で遠浅のビーチには桟橋がなく、100mほど手前から迎えに来た小さな手漕ぎボートに分乗して、いよいよ “パラダイス” に上陸です!
レオナルド・ディカプリオ主演の「ザ・ビーチ」さながらの絶景はもちろんのこと、当時は電気やガスはおろか水道すらない原始的な状況でした。ヒッピーに憧れるジャンキーな若者が集まる島として有名で、ちょいと危ない「フルムーンパーティー」開催期間は島中のバンガローが満室になるほどです。
私はビーチ北側の小高い岩山に点在するバンガローが常宿でしたね。下のロビー……とは言ってもテーブル一つを覆う茅葺き屋根だけの質素なものですが、私はこういうのが好きなんです! ここでチェックインを済ませ、岩山の中腹にポツンと佇む1ルーム15㎡ほどのバンガローへ。蚊帳を吊ったベッドとベランダにハンモック、トイレは雨水を溜めた桶から柄杓ですくって流すだけ、シャワーも雨水ですがこちらは屋根にタンクが設えてあるので太陽熱のおかげで丁度よい湯加減。
こんな質素な部屋から見渡す、大海原に広がる水平線。明け方にはハンモックに揺られながら、水平線をゆっくりと染め上げるサンライズとご対面です。必需品は当時のヒット商品「ウォークマン」。選曲は……そう、ドヴォルザークの「新世界」。このシチュエーション、泣けますよ!
40年ほど経た記憶を鮮やかに呼び覚ましてくれた、サントリーホールのひととき。瞼を閉じても涙が滔々と頬を伝います。クラシックの名曲って、1つの旋律の繰り返しなんですね。同じテーマ(メロディ)をゆったりと、時にはせわしなく。囁くように、時には叫ぶように。多彩なアレンジで重ねられるリフレイン。さあ、私の未だ知らぬ、次に出会う “新世界” は、どんな繰り返しなのでしょうか?
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