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コラム 三寒四温

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モバックショウ開催

いよいよ2月28日から4日間にわたり、第28回となる2023モバックショウが開催されます(於:幕張メッセ国際展示場)。主催は日本製パン製菓機械工業会(増田文治理事長)で、経済産業省、農林水産省などが後援する世界3大製パン製菓関連の見本市です。

今回のテーマは「考えよう! 地球の未来と食の未来!」とし、地球環境に優しく持続可能な食の未来への提案をしたいと主催者より発表されました。

コロナ2019は世界的にはだいぶ落ち着き、収束に向かいつつあるこの時期に、世界各地の製パン製菓事業者はじめ関連業界から多数の来場が見込まれています。

モバックショウならではの 〝五感で感じる実演ステージ” として、2024年クープ・デュ・モンド(ベーカリー・ワールドカップ本選に向けた国内代表選手最終選考会や、「第5回ベーカリー・ジャパンカップ」、そして世界最高レベルの国際コンクール「モンディアル・デュ・パン」上位チームが競う「第3・4回ベスト・オブ・モンディアル」が日本で初開催されるなど、高い技術と発想を競うステージが並びます。とりわけベスト・オブ・モンディアルはコロナ禍による大会中止を経ての合併大会ということで、精鋭8ヵ国11チームの戦いが注目されます。日本チームもレ・アンバサドゥール・デュ・パン日本支部副会長を務める安倍竜三コーチ(今大会は実行委員長)が率いて第7・8大会を連覇した実力を大いに発揮してほしいものです。

開催にあたり本国フランスの同協会本部の面々も来日予定で、かつて私が日本支部の立ち上げ時に渡仏し、さまざまな意見を交わしたプランショ会長、MOFのムニエ氏との十数年ぶりの再会が楽しみです。

企業ブースでは、愛工舎製作所ブースにて日本のフランスパン普及に大きく貢献してきた「メゾン・カイザー」を運営するブーランジェリーエリックカイザージャポンのオーナーシェフ・木村周一郎氏が、3月2・3日の2日間実演します。

他にもデイジイの倉田博和オーナーシェフもデモンストレーションをするという事で、タイ王国から来日予定のプレジデントベーカリーのアプチャー社長は、かつて同社にて現地講習した倉田シェフとの再会を楽しみにしているようです。

こうして気になる展示やイベントをいくつか挙げるだけでも、日本の製パン製菓業界が世界をリードし、また注目されていることが分かりますね。今回も会場は盛り上がる事必至、期待が高まります。

ハード

新大久保駅そばの自宅マンション周りを1.5㎞ほどタラタラと杖をついて散歩するのが日課になっています(じっくり90分間!)。マンション脇には鮮やかな人工芝と照明完備の区営野球場があり、連日大人や子どもたちのチームが威勢よく掛け声を発しながら試合をしています。

脇道を歩きながら横目で観戦していると、キラキラシールを赤いランドセルにたくさん貼った小学校低学年くらいの女子児童2人連れとすれ違いました。

「わたし、最近ハードなのよね」
「…」
「ねえ、ハードって知ってる?」
「…」
「ハードってね…」

答えを解説してくれる頃にはかなり離れてしまい聞こえませんでした。

よわい75歳、私にもハードを “痛感” する出来事が度々ありました。9年前の散歩中に両手・両足にしびれが走り、右太腿に激痛。思わず座り込んで痛みを堪えるも、その後は30mも歩けない状態に。少し歩いては休みを繰り返し、なんとか自宅にたどり着けました。翌週に受けた日赤広尾医療センターでの診断結果は「頚椎損傷による歩行障害」。思い当たる節は…… 10年以上前に信号待ちしている私の車にタクシーに追突された時に軽いむち打ちになった事を担当医師に伝え、CTやMRI検査を経たのちに提案された処置は、首の骨を10㎝近く削って治療する治癒率は五分五分の手術。決断して執刀を受け、現在では歩行障害3級の障害者手帳、東京都公安委員会からは「歩行障害者使用中」という駐車禁止場所除外者ステッカーを交付されました。おかげで車での外出時にはとても助かります。さらには都営バスや都営地下鉄の無料パス、1冊5千円のタクシー無料券が10冊という待遇も重宝していますが、手厚い分だけ少し複雑な心境でもあります。

翌年には胃がんによる全摘出なども経て、前述の頸椎手術以降、8年間で10回の全身麻酔による手術で体はボロボロです。

「そう、おじさんもハードな人生をおくっているよ」。

女子児童の小さくなったランドセルを見やり、心の中で呟きました。通りに面した野球場のバックネット沿いには立見の人が数人、忙しい中ちょっと息抜きの昼食兼観戦らしく、ジャムマーガリンのコッペパンにかぶりつきながら缶コーヒーを飲んでいる宅配ドライバーさんの姿も。なかなか良い光景ですね。

天才シェフたち

2004年に銀座シャネルビル最上階に位置するレストラン「ベージュ東京」のプレオープンレセプションに夫婦で招待された時、フランス料理界の天才シェフ、アラン・デュカスさんと交わした会話を思い出しました。

“私は日本人のフランス料理人、三國清三シェフは天才だと思います。いずれ世界にその名が知れ渡るでしょう”

その数年後、四谷のオテル・ドゥ・ミクニで食事をした帰り際、三國シェフにデュカス氏の言葉を伝えました。彼は、

「私は天才ではありませんし、ましてやフランス人でもありません。尊敬するデュカスシェフに少しでも近づければと精進しています」

と笑って話してくれました。残念ながらオテル・ド・ミクニは閉店しましたが、来年の秋頃には小さなレストランを開店するとの事。「食材と向き合い、自分のインスピレーションのおもむくままに料理をつくる」というコンセプトを聞くだけで今から楽しみです。

もう一人の天才といえば “NOBU” こと松久信幸さん。世界20ヵ国以上で展開する「NOBU」と「MATSUHISA」を名優ロバート・デ・ニーロ氏と共同経営する手腕も間違いなく天賦の才といえるでしょう。松久シェフは若かりし頃、南米ペルーの日本料理店での修業を経てアメリカ西海岸のロサンゼルス、ビバリーヒルズに自分の名を冠した居酒屋「MATSUHISA」を開店。その数年後に来店したのがデ・ニーロ氏との出会いでした。

マグロの握り寿司の上にハラペーニョ薄切りをのせるなど南米のエッセンスを取り入れた創作料理の数々、そして松久さん入魂の一品、「銀ダラの西京焼」に感激したデ・ニーロさんからの熱烈なラブコールを受けて、ニューヨークのダウンタウンに「NOBU New York City 」をオープン、その後も米国中に出店を続け、日本国内ではホテルオークラ横の虎ノ門タワー1Fに東京店をオープンしました。私達夫婦もNOBUさんの料理を気軽に味わえるようになったのです。

6年前に催した弊社70周年記念レセプションや、2019年には私の友人である大相撲立浪部屋の愛弟子、関脇豊昇龍関の十両昇進を祝うお披露目レセプションなどでお世話になっています。招待客の皆さんと楽しむフルコースディナーはまさにNOBUマジックです。コロナ禍にあってもNOBUレストランは世界中で出店が続いており、かつて夢みた “NOBU全店制覇” は叶いそうにありません。先月も「モロッコに新店がオープンしますよ」と直々にお誘いを受けましたが、笑うしかありません。

それぞれの道のりやキャラクターなど対照的ながら、2人の天才シェフの活躍には今後も目が離せません。

あやまち

人はみずからの「あやまち」を知った時、どのような行動をとるのでしょうか。「あやまち」が多いなと常日頃から感じていた私にとって、新たな気付きが先日ありました。

10年に1度の寒波が日本列島を覆うという天気予報があった1月25日の朝のことです。家内がリビングの窓をみて「あら、雪が降ってるわね」とつぶやき、行って来まーすと会社に向かいました。家内を送り出してベランダに出ると雪は舞っていません。ほんの一瞬の出来事だったのでしょうか。あやまちというには大仰ですが、そんなタイミングで今回のテーマがよぎったのです。

自宅で独りリハビリを続ける日々で、良くも悪くも深く考え込む時間が増えました。

私は75年の人生でどれほどのあやまちがあったのだろう? 

と自問するも不肖ゆえほとんどは忘却の彼方。記憶を思い出そうと目を瞑っても克明なエピソードが出てきません。人間関係についても「嫌な奴は沢山いる、でもそれ以上に私が嫌な奴だ」と疎まれていたのでしょう。今さら謝罪しても遅いですね。

口は災いの元と言いますが、私も咄嗟に気持ちとは反対の言葉を発してしまうことがあります。少し冷静になれば回避できる失敗のたびに後悔するのが日常茶飯事です。しかし勇気を持ってあやまちを正せば、その先に見える景色が素晴らしいことを知っています(多分ね)。仕事、家族、友人に向き合うことで過去のあやまちを認め、謝りたいと願っています。できるものならばですが。

こんな調子で思考がさまざまに巡り、考え込むうちに一日が過ぎていきます。

「ただいまー」。
家内のご帰還です。「ハイ、これ」。と手渡されたお土産は糖質&プリン体ゼロのノンアルコールビール。健康を気遣うチョイスに感謝しつつ、世間一般のあやまちについて考えるに、「アルコール」が原因のことが多いようです(私はヘベレケになるほど飲みませんよ)。

その点、Z世代と呼ばれる若者たちは健康志向が強いですね。“飲みニケーション” はすでに死語となり、昨今のノンアルコール商品の充実ぶりがZ世代の嗜好を見据えたものとすれば、この傾向は一時のトレンドではなく今後も定着していくでしょう。

ごく少数の悪目立ちする不届き者はさておき、健康面をはじめ総じて堅実で無茶しないZ世代から教わる事は多々あります。彼らを手本に、私の「あやまち」も少しは減ると良いのですが。

ガレット・デ・ロワ

1月17日にフランス駐日大使公邸にて、昨年11月に開催された「第20回ガレット・デ・ロワコンテスト」の表彰式とパーティーが開催されました。当日は約200名の関係者が招待され、私達夫婦もフィリップ・セトン駐日大使よりお招きいただき出席しました。

今大会の一般部門優勝者、片田健二郎シェフロオジエ)が紹介され栄誉を称え、副賞の東京・パリ往復航空券と2023年ガレット・デ・ロワコンクールのエキシビジョン参加資格が併せて授与されました。

おなじみガレット・デ・ロワの歴史を紐解くと、16世紀にフランスのとある教会でつくられたのが発祥とされています。キリスト教の祝日である1月6日(公現祭:イエスの誕生を祝って東方の三博士が訪れた日)に供され、めいめいに切り分けられたガレット・デ・ロワの中に、1つだけ入ったフェーブ(仏語で「そら豆」)を引き当てた人がその年の司祭になれる、という風習がありました。庶民の間では “王様のお菓子” として親しまれ、皆で持ち寄って食べ比べを楽しみ、フェーブを引き当てた人には手作りの王冠を被せて王だ女王だと祝い、1年間を幸せに過ごせる……と派生したそうです。こうして時を経た今日でも、フランスの伝統菓子として受け継がれてきました。

再び話題はパーティーへ。クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ会長の永井紀之シェフ(ノリエット)ならびに会員有志が用意した個性豊かなガレット・デ・ロワが紹介され、招待客の皆さんで試食し盛り上がりました。同席したモンディアル・デュ・パン本戦で日本チームを2大会連続優勝に導いたコーチであり副会長の安倍竜三シェフパリゴ)と、同8回大会に出場し優勝した谷口佳典シェフフリアンド)と共にシャンパンとワイン片手にガレット・デ・ロワを大いに堪能しました。

残念ながら私達夫婦、安倍・谷口両シェフともどもフェーブとは無縁でしたが、楽しいひとときを過ごして公邸を出る頃には、冷たい雨がパラパラと降り出して路上を濡らしていました。

冷え込みが一段と増し、真冬の寒さはしばらく続きます。コロナ禍にあっては万全の注意を払い、皆さん元気に過ごしましょう。

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弊社社長 菅田耕司のコラム


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