基本
我が家には自動演奏装置付きピアノがあります。一人もの思いにふける時や夜景を見ながら夫婦でワイングラスを傾けつつ、クラシック演奏を楽しんだり、お客様が来訪された際にはBGMでパーティーを盛り上げます。
15年程前、ケニア大使館主催のパーティーに招かれた際に立ち寄った高級スーパーの入口には自動演奏するピアノが置かれていました。鍵盤の動きを見ながら聴き惚れる家内の顔を見て、「そうだ、来月は誕生日だ」と思い出したのです。
翌日、不慣れなネットと格闘の末にクラシカルな猫足の自動演奏装置付きピアノを購入。そして家内の誕生日当日、ピアノを積んだ配送トラックが到着した時には運良く家内は外出中でした。業者さんが手際良くセッティングを済ませてくれて準備万端、ほどなくして家内のご帰還です。家内お気に入りの「トルコ行進曲」を選んで、演奏スタート。
「どうしたの!?」。リビングのドアを開けるや驚きの一言を上げ、両手に口に当てて大きく目を見開いて、自動で滑らかに打鍵する様を見つめています。「ハッピーバースデー!」「どうもありがとう! 驚いたわ!」。
バースデーディナーはピアノとワイン、そしてチーズとパン。我が家ではパンに欠かせないタプナードに、ちょっと贅沢にキャビアも用意しました。サプライズって楽しいですね。あれから15年を経て4度の引っ越しを共にしたピアノですが、幸い故障や不調もなく美しい旋律を奏でてくれます。もはや家族の一員といった感じですね。
ライトアップされた新宿ドコモタワーと副都心のビル群の灯りには静かなクラシックのピアノソナタと赤ワインが良く似合います。私はふとピアノのカバーを開け、右手の人差し指で「ド・レ・ミ~」と1オクターブ鳴らしてみました。“奏でる” のではなく、ただ音を出しただけですが、なぜか自分の中では1つの旋律となっていました。少し楽しくなってきて、笑顔で打鍵し続けます。傍から見たら「キモい!」と言われそうですが、音楽は基本のドレミから始まるのだと思い立ったのです。
音楽にせよ何にせよ、「基本」は大事です。時には姿勢を崩して、また時にはスイングしながら、自分の基本を見つめ直す。イロハならぬドレミですね。いつしか窓の外は夜の帳に少しだけ夕焼けが残り、やがてビル群の屋上の位置を示す赤色灯の点滅が私を日常に引き戻してくれました。また明日から「基本」を大切に、個性豊かなコト・モノを手探りで見つけ出したいものです。
姿勢正しく、時には少々崩しながら。
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