おこげ
若かりし頃の秋の夜長、自室のベッドに寝転がって読書していた時の話です。
文庫本を20ページほど読み進めると日本酒の薀蓄が始まりました。この展開、左党の常なのか小説家の術中にはまって無性に飲みたくなります。日本酒、シェリー、ワインにウイスキー。銘柄が記されていれば置いてありそうな知り合いのレストランに電話して、ストックがあれば駆け付けて飲み交わし語らう。もっとも、ロマネ・コンティやリチャードヘネシーのコニャックなど手が出ない高級酒の場合はぐっと我慢しましたねー。
しかし不思議なことに、2~3ヵ月もするとご相伴にあずかる縁が私にはあるようです。20代後半から現在に至るまで、お酒に限らず一見では入れない料亭や銀座の超高級寿司、1年待ちのミシュラン星付きレストランなど、作中に登場する店に「行ってみたいな」と思うと、なぜか叶ってしまう星の下に生まれたお調子者にございます。
話は戻って日本酒のくだり。リビングには父のブランデーやウイスキーが並んでいますが、日本酒モードに入っている私は台所にある酒を探しました。しかし棚にあったのは「料理酒」と書かれた瓶が1本だけ。まだ酒の知識に疎かった私は「これも酒だろう」とコップに注いで一口。しかし流しに吐き出してしまいました。「こ、これは酒じゃない!」。そんな失敗談を数多く重ね、打たれ強くなっていったものです。
お陰様で今では酒・食に関して多少なりともこだわりを持てるようになりました。独り暮らしが長かったこともあり、料理も自己流で覚えました。例えば魚の煮付けは酒、砂糖、醤油だけで料理酒やみりん、水は入れません。経済的に不自由だった頃は紙パック入りの徳用ワイン、トリスのハイボール、サントリーの角にいたっては「もったいない」と少しずつストレートで楽しみました。懐かしい限りです。
米を炊飯器ではなく鍋で炊き上げるのも凝りました。鍋蓋から蒸気が出なくなった頃合いで強火にして、鼻を近づけ焦げ具合を嗅ぎ分けて火を止めます。蒸す事15分、おいしく炊けた白米をお櫃に移したら、鍋肌の “おこげ” に醤油をまわしかけてヘラでこそぎ落としておむすびに。おこげ好きはパンでも同様、バゲットの両端が少し焦げたところをバリッとかじる瞬間は至福の時です。トーストも限界まで焼きます。
小説に導かれて学んだ酒と料理のこだわりは時を経た現在、コロナ禍の日々にも生かされています。
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